大学1年春、人間関係、コミュニケーションに悩む

人間関係をゼロからスタートしたくて県外へ進学した私。
やはり最初に立ちはだかったのが、大学で新しく学友を作ることです。

元来コミュニケーションをとるのが苦手な私。
初対面の人とどのようにコミュニケーションをとればいいかなんて、全く分かりません。
高校2年生の時は、Yから来てくれたし、そのYの友人達が人間関係を作っていってくれていたから、対人関係の摩擦もほとんど起こらなかったから。

4月恒例の校門でビラ配りしている自己啓発サークルにすこし心ひかれたりもしたけれど、ビラを配っていた人は、典型的な秋葉原系。
どう考えても、この人と一緒に自己啓発したいとは思えないし、サークルでの人間関係もうまくやっていく自信がなかったので、この時期の新歓コンパはスルーさせていただきました。

Yにそのように報告すると、
「新歓コンパに行かなくてどうするのよ!何のために〇〇府まで進学しに行ったのよ」
と一喝。

しかし、私にはやはり積極的に知らない人とコミュニケーションをとろうと言う勇気がわかない。
気が付いたら、5月の連休になっても友人が一人もいない自分がいました。

母親というストレスから解放されたことと、自分で食事を好きに食べられることが良かったのか、過食症の衝動も、月一ペースに減っていいってはいたものの、やはり全くなくなったわけじゃないし、ゼロからスタートしたいと自ら望んで選んだ知らない土地で私は相変わらず人間関係がうまくゆかず、コミュニケーション能力不足とで悩んでいました。

人間関係、コミュニケーション能力アップのため県外へ

高校2年生になり、新しいクラスになったとき、誰かが声をかけてくれました。

お昼を一緒に食べようと言ってきてくれたYは、明るく、誰とでもコミュニケーションをとるのが上手なこ。
そんなコミュニケーションをとるのが上手な彼女のおかげで、高校2年生の時から、卒業する3年生までは、比較的友人に恵まれた環境で人間関係も円滑になっていきます。
おかげで、私の過食症も随分となりをひそめていったのです。

Yのおかげ人間関係が円滑だった高校2年間。
吐くことも少なくなっているので、栄養状態も良いらしく、顔色も良くなっています。
それでもたまに「食べたい」という衝動に駆られることはありましたが、中学生から高校1年のころに比べると、比べようにならないほど。
それでも衝動にかられていると、母にばれ、なじられ、自分はダメな人間だと落ち込んだりもしていました。

そして、受験の3年生の時、実家を出て、県外の大学へ進学しようと思ったのです。

過食症も直さなくてはいけないし、自分のことを全く知らない土地で人間関係を新しく築き上げていきたいと思ったからです。
但し、親には人間関係をやり直したいからとか、コミュニケーション不足から離脱したいといった思いを打ち明けず、ただ、進学したい大学が県外にあるので、そこを受験させてほしいと言いました。
人間関係をうまく築きあげられないおかげで、学友と遊び回ると言うことがないおかげで、学校の成績は比較的良い方だったので、学校の先生も背中を押してくれたし、公立の大学だから、親もすんなりと受け入れてくれました。

高校生の時の人間関係

窮屈な人間関係から解放されたのは、部活動の先輩が部活を引退した中学2年の夏。
そこからは、今度は自分達が後輩をいじめる側になってしまいます。
部活仲間達が執拗に後輩をいじめる姿に吐き気を覚え、今度は同級生と上手にコミュニケーションをとることが出来なくなり、部活での人間関係は最悪。
もうぼろぼろになりました。

ますます過食症は進んでいきます。

その頃には、親にも過食症が見つかってしまい・・・。

最近水道の使用料金が異常に高くなっていることに母親が不審に思い、夜中に何度もトイレの水を流す私に気づいたのです。

良い子だと信じていた娘が過食症だと分かった母は狼狽します。
「何故そんな恥ずかしことをするのか!」
激しく怒られ、なじられました。
それでも嘔吐を繰り返すことを辞めることはできず、ついに私は母に隠れて外で吐くように・・・・・・

高校生になり、中学の同級生のほとんどいない高校に進学した私、部活動に入ることもなく、親友と呼べるような友人も作らず、ただ毎日をやり過ごス生活を送るように。
人間関係というストレスがなくなり、過食症も以前よりは少なくなったものの、あの吐く行為をやめることが出来なくなっているのです。
少しでも食べると胃が反射的に食べ物を吐くようになってきていたのです。

人間関係が薄くなっていると、他人とのコミュニケーションの取り方なんてもっと分からなくなってきています。

そんな時、学校の帰り道、めまいを起こして倒れたのです。
原因は、勿論吐き過ぎからくる栄養失調でした。

この時初めて、「このままではいけない」と痛感するのです。

中学生時代の窮屈な人間関係

私は他人と人間関係を築くのが苦手で、また、そのことから軽くいじめに遭ったこともあります。
それでも親にはそういうことは言えないし、親の前では「良い子」を演じてきていたので、中学生に入る頃から、学校へ行くことがとても苦痛になってきました。
それでも良い子な私は学校へ行かなくてはいけない。
毎日夜中にお菓子をお腹いっぱい食べることが私の唯一の楽しみになって行ってしまい・・・・・。
お腹一杯お菓子やパンを食べたら、太ってしまう。
気持ち悪くなってしまう。
気づいたら、夜中にこっそりはくような生活を送るような毎日に。
吐くことは気持ちいです。

学校であった嫌な人間関係もお菓子やパンと一緒にトイレに吐き出してしまえているような気がします。
お腹いっぱいに満たされる気持ちよさと、それを一気に吐き出してしまう気持ち良さに、すっかり私は過食症へとなっていってしまったのです。

今思い返してみれば、これは十分に私の体がS.O.Sを発していたのではないかなって思います。
大人になってみれば、中学生の人間関係なんて、ちっぽけなおりの中にいる動物園の動物のように狭い環境です。
しかし、その小さなおりの中の人間関係も、当時の自分にとっては、複雑かつ深刻で解決することの難しいものだったのです。

威張り散らす部活動の先輩、窮屈な下級生生活、同級生と合わせなくてはつまはじきにされてしまう。
どこへどう転んでも、居心地のいい人間関係を築くことはできませんでした。